シャンパンとスパークリングワイン

きょん

2014年12月25日 00:14

 不覚にもスパークリングワインを買ってしまった。
 生まれてこのかたお金を出してアルコールを買ったのはこれが初めてかもしれない。
(もちろん贈答のためとか、お一人様で焼肉屋でビールを注文したことはあるが)

 商売として酒を飲む場所ではない自宅に酒を買って持ち帰ることを生まれて初めてしたということだ。
家で酒を飲んだことがないという人は非常に珍しいケースとなるのだろう。それが何の気の迷いなのか、今日は飲んでみたいという衝動に駆られたわけだ。

 夜7時になって飲み始めた。
まずグラスに一杯を注ぎ、そして飲み干した。
まずまずの味わいで、2杯目を注いだ。
こんどは一気に飲み干すことはせずにグラスの半分ほどを空けた。
身体の芯の方から何か熱い感じが伝わってくる。
顔が火照り始めていくのがわかる。
まだグラスの残り半分はそのままになっている。
じわじわと脳みそが麻痺していくような感じになる。
これ以上飲むと危ない。
その意味は気持ちが悪くなるというだけでなく、
凶暴になるという可能性を含んでいる。
もっと若い時にはかなり酒を飲んでも飲まれたことは一度もない。
もちろん意識が飛んで目が覚めたらここはどこ、という失態など皆無だ。
充分に自分を制御できていた。
しかし、歳を増すにつれ、この自信は揺らぎはじめた。
わずかの酒によく酔い、また気が緩むようになった。
脳みそが判断を大胆に且つ粗雑に下すようになった。
これが酒を飲むと危ないと思う理由になっている。

 今日はまたひどかった。
グラスに半分の酒を残したまま、頭がクラクラしはじめてしまった。
こういう時は素直にダウンしてしまうのがいい。

 なんで人は酒を飲むようになったのだろう。
酒好きの人はこんなくだらない疑問を持つことはないのであろうが、
めっぽう酒に弱い人にとっては、ある量を超えて酒を飲むことは一種の苦痛で闘いでもある。

 ああ、酒が脳みそをグシャグシャに掻き混ぜているかのように気持ちが悪くなる。
身体を横にして寝てしまおう。情けないほどに敗北感が脳裏を染めていく。

 テレビでは『映画ホタルノヒカリ』が流れているが、
目を開けて見ていることが億劫になり、だんだんとセリフも聞こえなくなっていった。
遠のく意識の狭間でシャンパンの話を思い出そうとしていた。
フランスのシャンパーニュ地方で作られるスパークリングワインだけがシャンパンの名を許されているという。

 いつしか浅い眠りへと落ちてしまっていた。




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